はじめに

 
 これまでの人生を振り返ってみましょう。あなたは現在の状況に満足されているでしょうか。あなたはどうして、今の人生を歩んでいるのでしょうか。
 
 現在にいたるまで、生きていく上で多くの選択肢があったはずです。
 
 単なる偶然で、今の人生があると思いますか。それとも、定められた運命だと決めつけますか。未来とは、必然でしょうか。
 人生において、過去はとても重いものです。未来は過去によって定められた方向へと流されることがあります。過去が未来を方向づけているといっても過言ではないと思っています。
 
 人生における重要な意思決定は、過去の経験があなたの無意識の働きに影響を与え、とっさの決定を支配しているかもしれません。
 
 過去は現在に生きています。自覚がなくても影響し続けています。
 
 なぜなら、過去の経験の記憶は、人の“心”=“ 脳” に深く刻まれていくからです。その刻まれた記憶は、意識されることなく私たちの心の世界で時を待ち、無意識の自動的な思考プロセスを経て、感情が織りなすあなたの人生の物語を紡ぎます。
 
 過去の記憶は、未来の行動を決定する貴重な判断材料となるのです。懐かしい思い出だけでなく、経験を活かして未来の行動を高めるためのシステムといえるのです。
 それゆえに、過去の経験や学習の歴史がどのようなものであったかが、未来を決定し、私たちの生きている姿ともみなせるのです。
 
 生きるとはどういうことなのでしょうか。
 
 私たちは「自己」という意識を持って生活しています。こうした意識は、私たちの脳の活動によって作り出されているということを否定される方は、今の時代もはやいないでしょう。
 
 しかしながら、私たちにはもう一つ「魂」という概念を抱いて生きている人も多いといえます。この概念は、脳とどのように関連づけて解釈すれば良いのでしょうか。これは人類の歴史において重要な課題として残っています。
 
「魂」が実存するとして、そこに主体性が存在し、「魂」が何らかの意図を脳に働きかけているとしたら、私たちが抱いている「自己」の自由意志は錯覚ということになってしまうでしょう。
 
 これまで哲学や宗教上で問われてきたように、私たちは果たして「魂」の向上を目指して生き続けているのでしょうか。
 
 それとも「魂」など存在せずに一度きりの人生なのでしょうか。
 
 こうしたいまだ解明され得ない多くの謎を心に秘めて、私たちは生き続けています。それゆえに生きることに確信を抱けずに、信じ得る絶対的な哲学がなく、心は不安定であるともいえるのです。
 
 生きるということは喜びや幸せも伴いますが、苦痛に打ちひしがれる苦難の時期もあります。そんな時に私たちは心を病むことがあります。生きる上で、心の病や精神的苦痛が生じた時、それらを解消する必要が生じます。
 
 心の問題は、薬物などで一時的に症状を緩和することはできますが、そうした苦痛や病を生じさせた根本的原因となる「心の歴史」を消し去ることはできません。心の深層に潜む原因に適切に対処しなければ、心の病などを乗り越えたことにはならず、症状が一旦治ったとしても再発する可能性を残しています。
 
 本書は、心の病や精神的苦痛が発生する原理を理解してもらいたいと心から願って執筆しました。
 
 なぜ、私たちは、心(脳)の病に陥るのかといったメカニズムが分かれば、防ぐことも適切に治すこともできるのです。
 
 心の諸問題の背景として、トラウマと呼ばれる過去に作られた心の傷をあなどってはいけません。
 私たちの人生を変えてしまうトラウマは、子供時代の親子間やその他の環境によって形成された心の傷です。もっと良い人生を得るために、このトラウマを明確にして解消する必要があります。
 
 しかしトラウマだけが、果たして心の病の全ての原因なのでしょうか……。
 心の病を発症したり、または精神的に悩んだりする原因は、他にはないのでしょうか……。
 またどうすれば、心の問題で私たちは苦しまなくなるのでしょうか……。
 
 本書は、こうした疑問を解消し、心の病は治すことができるという現実を、最新の精神医学のみならず、脳科学や遺伝学の科学的な根拠に基づいて説明をしていきます。
 
 今、私たちは心の世界を脳の視点で見つめ始めています。さらには、遺伝子の解明が進み、分子生物学の急速な進歩によって脳科学や遺伝学における多くのことが分かってきました。
 
 今後の脳科学と遺伝学の進歩もまた私たちの生活を変えていくことでしょう。
 そうした時代を背景として、私たちは新たな視点を取り入れて、自らの心を理解してコントロールするスキルを身につける必要があります。
 
 脳の機能である、意識と無意識の働きを理解して、多くの複雑に絡む要因によって生じる「心の病」を治す最適な手段を理解してほしいと願っています。
「心の病」は脳機能の混乱(機能不全)によって生じるからです。
 私が提唱する「独自の催眠療法」についても詳しく説明していきます。これまで治せないと諦めていた「心の病」を治す効果的な方法です。さらに、人生をもっと良いものへと変えるために最適な手段となります。
 
「催眠療法」の必要性を説くことで多くの心の問題で苦しんでいる方々のお役に立てることを心から願っています。
 
 一般的には疑わしく受け止められがちな“ 催眠” は、脳科学の進歩により積極的に医療の現場でも用いられています。さらに催眠活用の優位性がこれからもっと裏づけられていくことでしょう。
 
 無意識に働きかける手法として最適な“ 催眠” に関する知識もお話ししたいと思います。
 
 現代は、私たちが自己の意志としての決断や経験を認識する“ 意識” について、真摯に考える時代だともいえます。様々な世界を捉える“ 意識” が、私たちの人生にとってどのように影響しているものかを知っておく必要があります。
 前述したように、私たち人間の意志の方向性は、過去の経験による学習によって決定づけられていきます。過去の経験で苦痛を体験した人にとっては、同じようなことで苦痛を感じることを怯えて、無意識にそれらを避けながら過ごすようになります。こうした行動傾向は、脳内の神経ネットワークに刻まれた条件回路の痕跡から生じます。それゆえに、精神的苦痛の記憶は、放置しておくと、私たちをいつまでも苦しめ続けることになります。
 
 そればかりではありません。幼少期に、例えば、「自分は人より劣っている」と思い込んでしまうと、無意識に繰り返される内なる対話(自己暗示)によって内在化した低い自己評価のまま自分自身の有り様を決定づけていきます。
 
 このようなトラウマ(心の傷)を自覚し、脳を過去の記憶の呪縛から解放させた時、人はもっと良い人生へと変えて生きていけるよ
うになるのです。
 
 あなたは、自分のことは十分に承知していると思っているかもしれません。
 しかし、本当に自分のことをあなたは知っているのでしょうか。
 あなたに限らず、人は自分のこと全てを客観的に理解していません。そう断言してもよいでしょう。それゆえに苦しむのです。 
 
 心の病で20 年以上も苦しみ、なぜこのような症状が起こるのか戸惑いながら、様々な間違った方法で治す努力をされ続けていた方が、私の著書を読み「長年悩んできたこの症状は、起こるべくして起こったことだったのですね。やっと原因がはっきりと理解できました」と語られていましたが、心の病を治すためには発症の因果関係を明確に理解することからがスタートなのです。
 
 この本を読み進めながら、あなたはそれらの事実を実感されることでしょう。
 
“ もっと良い人生へ変えていく” その答えを見出していただくために、そして、心の病や精神的苦痛に苛まれている人も諦めずに治せる可能性や予防の知識のために、また、生きづらく感じている人、生きることを迷っている人にもこの本が役立つことができればと心から願っております。
 
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