第1章 錯覚した思い
 
 子供時代の心理的抑圧によって、「自分は十分に親に愛されていたし受け入れられた」と自分に言い聞かせている相談者もいます。

 子供時代の親子関係で不満はなかったと、本気で思い込んで主張する人も多いものです。自分ではそう思い込んでいるので、通常のカウンセリング的な会話では、幼いころの心理的葛藤に気づかせることはできません。

 相談者の無意識の扉を開き、そこに抑圧されている辛かった子供時代の心に触れ、解放するための、退行催眠による感情の追体験と同時に的確な心理療法が人生にとってとても有意義であるということはすでにお話ししていますが、人生を“ もっと良く” 生きるために、過去を適切に振り返って人生を見つめ直す時間を人生のどこかで一度は持ってほしいものです。それが、あなたの人生の未来に大きく貢献する貴重な体験となります。

 なぜ人生にとって過去を振り返る必要があるのかは、もう理解していただけたと思いますが、私たちは自分で想像している以上に無自覚に過去の影響を受け続けています。そんなことはないと思われるとすれば、それは錯覚です。

 一般に、子供は親の期待に応えようとします。自覚がなくても、無意識のうちに親の期待や要求を心の中に取り込み(内面化し)、親の期待や要求は自分自身が望んでいることだと錯覚し、そう信じ込んで成長する傾向があるのです。
 こうした心の世界は、親に自分が受け入れられ、甘えや愛着の要求を満たしたいという、無意識の自然な、しかし時として誤ったまたは自分を苦しめる生存戦略ともいえるでしょう。

 親子間の愛着に関する問題は第2章で詳しく取り上げますが、心の病や精神的苦痛を生み出している真の原因であるトラウマを、深層心理的知識がないことで、正しく認識できていない様々なケースがあります。

 精神的にも身体的にも症状が出て苦しんでいたある30 代前半の女性の相談者から、退行催眠を行った翌日にこのようなメールをいただきました。

「昨日は多くの時間をかけて、先生に私がなぜこうなったのか、原因をさぐる催眠誘導をしていただきありがとうございました。あの後、自分でも子供時代を振り返ってみて、様々な原因がわかり、どんどん良くなってきました。自分の心に引っかかっていた問題が頭に次々と浮かび、向き合えば、解決していくことを知りました。こんなにトラウマや自分の考えが体の症状に出るとは今回初めて知り
ました。
 催眠は初めての体験でしたが、先生がとてもお話ししやすい方で安心いたしました。昨日は多少力も入っていたと思うので、次回はもっと深く催眠に入れたらいいなーと思っています。
 今の心境は昨日までと大違いです。本当に絶望感で笑顔も出なかったので。なので、先生と話している昨日の私が妙に元気だったのがなんだか自分で不思議でした。誰と会っても、『あれ?全然元気ないね』って言われ続けていたので。頭で私はもうだめだ、これよりもっと気持ち悪くなって生きるのも辛くなる……やばいやばいと思うほどドツボにハマって抜け出せない、とか反はんすう芻していたことからすれば、気持ち面が本当に変化しました。
 このような、考えるきっかけを与えてくださった出会いに感謝いたします。まだまだ症状も良くしていきたいので、次回もよろしくお願いいたします。m(_ _)m」との内容です。

 彼女も自分の親子関係には問題なかったと思いたかったケースといえます。これまでの情報などで、人ごとではわかっていても、親の期待に応えるために幼いころから頑張り続け、成果を出してきた自分と親との関係が、自分をこれほどまでに苦しめていたという自覚が全くなかったのです。
 意識されている心でどのように過去を解釈していたとしても、無意識からの働きかけを封印し続ける訳にはいかないのです。

 こうした心の病や症状は、2、3ヶ月の間、強いストレスを持続的に受けることをきっかけとして封印が解かれ、症状が誘発されてしまいます。

 
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