第1章 幼児期の自己形成の実態
 
 心の問題に焦点を当てる場合、一方的に、「こう変わりなさい」「こんな考え方に修正しなさい」などという人生相談的な助言では人は変わることはできません。ほとんどの人が、トラウマや幼児期から形成された認知傾向によって、変わりたいと心から願っても、そう容易には変われないのです。

 例えば、幼い時に親から愛され、受け入れられて育った子供は、十分に甘えの欲求を満たすことができて成長します。しかし、甘えることができず、むしろそれを放棄するように仕向けられた子供は、自己のアイデンティティーが育たず、自己肯定感や自己存在感が欠如してしまうため、自分自身の価値を見出すことが難しくなってしまいます。

 このような環境で育った人に、「自分のことをもっと好きになりなさい」とか「自分にもっと自信を持ちなさい」などと助言しても、そうしたくてもできないので苦しんでいるのです。

 このような自己不適格感を抱えたまま大人になると、自分自身に対して否定的な思考や感情を抱きがちで、自分の能力や価値を過小評価する傾向があります。また、自分自身を受け入れることができず、他人からの承認を求めたり、自分を変えようとして無理な努力をしたりすることがあります。また、無意識からの甘えの要求に苦しむことがあり、その甘えが満たされない場合、諦めて生きるしかないと感じ、自分の中の甘えの要求を悪いものとして排除(抑圧)しようとして、生きている実感を失ってしまうことがあります。このような自己不適格感を抱えた人々は、自分自身を肯定することが難しくなり、人生において様々な問題を抱えることが多いといえます。

 様々な背景が原因となっている心の病を治していくためには、自己形成の実態を客観的に把握し理解する必要があります。

 例えば、自分が幼少期に親から受け入れられなかった経験や、それが生んだ感情を直視し、それらが心にどのように影響を及ぼし、自己を形成してきたのかを正確に把握することが求められます。

 しかし、こうした親子間のトラウマなどの問題は、子育てにおける親の責任だけを責めるわけにはいかない実態が見えてきました。それは遺伝子の関わりです。

 子供が心の問題を背負うのは親の育て方だけではなく、遺伝的要因や脳内の神経伝達物質の分泌傾向も関係していることが分かり、親たちは罪悪感から解放されるケースが出てきています。

 最近の研究では、親が子に一方的に影響を与えるだけではなく、むしろ子供の遺伝子が、親の反応を引き出している面がある現実も見えてきました。そのため、兄弟姉妹に対して個別の感情を抱く親や、子供たちに異なる対応をしてしまう親が一方的に責められる世界が変わろうとしています。

 心理療法において重要なことは、自分がなぜ苦しんでいるのか、なぜ悩みが生じているのか、そして心の病に陥った原因は何か、といった疑問を明確にすることです。そして、「このまま酷くなる一方で、自分は治らないのではないか」という不安を取り除くことから始めます。

 人は安心することによって、症状や苦痛の原因となっている自分の過去の歴史や心の深層領域に冷静にかつ客観的に向き合うことができるようになるからです。

 因果関係を理解して、安心して心理療法や催眠療法を受けることができれば、治っていく過程において、私たちの脳が認知の修正を受け入れて、今後の人生に役立てることができます。

 
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