第4章 エピジェネティクス
 
 1990 年代に入り、ジェネティクス(遺伝学)の最先端分野の研究が進む中で従来の“ 遺伝学” だけでは説明がつかない問題を分子の視点で捉え、遺伝情報(DNA 塩基配列)を変えずに、「エピジェネティックな変化(付加的変化)」によって遺伝子の発現をオン、オフに変化させる因子と、その仕組みを分子レベルで研究する学問領域エピジェネティクス(新しい遺伝学)が生まれたのです。

 遺伝情報が全く同じ一卵性双生児(双子)がいて、一方に精神疾患が生じた場合、もう一方の発症確率が100 パーセントではないのはなぜなのか。ほとんど同じ環境で育った双子に生じる変化は、DNA(遺伝子)の配列や環境だけでは説明がつかない何かが関わって、成長過程で違いを生じさせているとしか思えないのです。

 もし、DNA 配列が全てであれば、双子は完全に同一であるはずです。違いを生じさせるものが生育環境だとすれば、何がどのように変化することで遺伝暗号を変えているのかといったメカニズムが以前から謎だったのです。

 こうしたメカニズムを解き明かす新しい遺伝学が、分子生物学の発展によって生まれたエピジェネティクスなのです。
 
人生におけるエピジェネティクス

 幼児がまだ3歳未満の段階で、養育者(親など)から虐待や育児放棄などの愛着に関するトラウマやストレスを受けた場合、またはその後の成長過程においてもストレスなどを受け続けている子供は、そうでない子供と比べて明らかに精神疾患など(うつ病、不安症、自傷行為、摂食障害、薬物依存、自死など)が発生するリスクを持って成長します。

 記憶に残っている時期のトラウマは当然といえるかもしれませんが、3歳未満で記憶の曖昧なトラウマがなぜ成長後に精神的な病や苦痛を生じさせるのかが、分子レベルの研究で分かってきました。

 その答えが、「エピジェネティックな変化(修飾)」です。

 それだけではなく、「このエピジェネティックな変化」は次世代にも引き継がれることも分かってきました。

 これまで臨床的には、世代間伝達と表現され、虐待を受けた子が親になった時になぜか自分の子を虐待してしまうことは知られていて、それは経験したことによるものと解釈されていました。しかし、それだけではなく、虐待を受けた子供時代にDNA に「エピジェネティックな変化」が起きていたことが原因だったのです。

 虐待に関したことだけではなく、様々なストレス環境にさらされ続けることによってDNA に変化が起きるのです。

「エピジェネティックな変化」とは、DNA やDNA が巻きついている「ヒストン」と呼ばれるタンパク質などに化学的変化(化学修飾:メチル化など)が特定の領域に付加されて、近くの遺伝子の発現がオン、オフに変化するスイッチとなることをいいます。

 したがって、一卵性双生児のように遺伝情報(DNA の塩基配列)が全く同じであっても、成長過程において様々な性格や嗜好などの違いの変化がなぜ顕著に起こるのかといったメカニズムが分かってきたのです。

 もし私たちがこうした「エピジェネティック修飾」によって精神面に影響が現れたとしても、DNA の発現に変化を起こしているだけなので、それらを乗り越えて人生をより良く変えていくために、事態への受け止め方を変える(認知の修正:感情の反応の仕方や行動を変える)ことで、修正していくことができます。 

 これはたいへん重要なことで、人生における努力によって変化させることができるということも理解してほしいのです。

 
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