第6章 催眠術(他者催眠)の習得
 
 私のもとには「心の病」を治してほしいといった相談だけではなく、催眠術を習いたいとか催眠療法を学びたいとかいった申し出が時々あります。

 催眠術を習得するためには、基本的なテクニックだけでなく、その背後にある原理を理解することが必要です。これにより、学んだテクニックを適宜応用する能力が身につきます。

 人が催眠にかけられている状態をテレビなどで見た時に、本当に不思議に感じられることでしょう。なぜいとも簡単に人が操られるのかといった不思議さだと思います。

 催眠術習得に限らず何事も、自分一人で何かを求めて切り開くことはとても大変で、試行錯誤の時間がかかるものですが、到達した人からは順序よく学べるのでメリットが大きく、短期間で確実に身につけることができるものです。

 催眠術のテクニックの習得は、人の気持ちを配慮して、どのように人と関わっていくかといった人間関係への応用にもつながります。なぜなら、催眠誘導において、人の気持ちを推しはかり、うまく誘導するための心理観察などは、相手を不快な気持ちにさせずに催眠の世界に心地よく導く鍵だからです。

 人に催眠術をかけることを「他者催眠」と表現し、自分にかけることを「自己催眠」と表現します。

 もう少し、「他者催眠」に関して話を続けましょう。

 催眠状態=催眠性トランス状態は「解離」の一種で、坐禅や瞑想、マインドフルネスなどの状態と同じく異常ではなく正常な意識変容状態といえます。意識があって言葉を理解できますが、普通の覚醒している意識状態ではないという意味で、「変性意識状態」とも表現します。

 催眠ショーなどで催眠状態に深く入っている人が、意識がなく好きに操られているように見えますが、意識はしっかりあり、暗示誘導の言葉を理解できていますし、自分の置かれている状況も意識の一部で把握しています。

 催眠は言葉によって誘導します。接触による刺激や注意集中などのテクニックもありますが、主には言葉によって脳に働きかけながら意識状態(脳機能状態)を変容させていきます。

 催眠は様々なテクニックを駆使して、一つのことに注意を集中させて、注意の域(感覚、思考、感情、認識の域)を狭めていきます。そうすることにより催眠状態が深まれば、普段ならば注意がそらされたり他の思考に邪魔されたりといった余計な考えや周囲のことに関心が向かなくなり、受動的になり、リラックスしてボーッとした眠りに入る一歩手前の状態や、暗示によっては鋭敏に集中した精神状態など様々な変性した意識状態になっていくのです。

 したがって、催眠状態が長引くにつれ、脳内で産生・分泌される化学物質の増減の変化によって生じる精神の変容が強化されます。

 例えば、催眠誘導過程で、「あなたは今、海中にいます。美しい魚があなたの周囲を泳いでいます」と誘導した時に、周囲を泳ぐ美しい魚たちと遊び楽しめる人は、深い催眠の世界に入っていける人です。逆に「水中で呼吸はできるだろうか」などの思考をしてしまう人は、イメージの世界に没入し集中を維持できずに、余分な思考が催眠誘導を妨げてしまい、催眠にかかりにくい人といえます。

 しかしながら、催眠状態は一時的であれば誰にでも起こり得る状態なのです。例えば、映画館で映画を見ている場面を想像してみてください。あなたは主人公に感情移入していて、物語の展開にハラハラドキドキしているかもしれません。そのような時は、自分が劇場内にいることが意識から一時的ではあっても消え去っていると思います。ひと段落した瞬間に、映画を見ている自分に気づき、周囲の状況にも意識が向くものです。そのように、催眠状態は周縁認知が薄れて、ドラマの中に集中している心理的状態に似通っています。

 催眠状態において、一時的に現実感が薄れる時があっても、つねに現実を把握し催眠誘導の言葉を理解した意識は維持されています。

 意識があり続けているということは、自分を取り巻く環境に何か異変が起きた時など、的確な判断と冷静な行動に移ることができます。緊急事態においては、催眠モードから一気に覚醒モードへと変化します。催眠から覚めずに頭がボーッとしていることはありません。非常事態では、一瞬で催眠状態は覚醒へと切り替わります。

 催眠に対する恐れを持つ人もいますが、それは自分が望まないことを強制されることを恐れる反応かもしれません。

 催眠状態では、本人が嫌がる内容や、生命や羞恥心に関連する暗示は絶対に受け入れません。本人が無意識に望んでいない限り、意識があるためしっかりと拒絶できるのです。

 催眠状態を恐れることなく、瞑想や精神鍛錬の一環として催眠を理解していただきたいと願っています。

 
脳科学・遺伝学に基づく「催眠療法」の一部を読むサイトマップへ戻る